2006-01-18
4人もの子供を殺した宮崎勤に死刑判決が下った。
弁護士も本人も納得していないらしいし、新聞に載っていた評論家は、「動機を『自己の性的欲求を満たすため』としているのは簡単すぎないか」とまで言っている。
こんな無差別殺人の場合、すぐに殺人者の責任能力を問い、人格障害だから責任能力がない、とか、精神的な問題を抱えているから責任能力がない、などと罪から逃れよう、逃れさせようとする。
そんなことを言う輩は確かに無責任極まりないので、責任能力はない、ということになるのかもしれないけど、それを罪をなくしてやる理由にすることはない。
責任能力がないから無罪とか、責任能力がないから減刑とか、殺されたほうにしてみたら、「ふざけるな!」だ。
なぜ日本は、未成年に限らず、酷い殺人者を助けようとする行動を見せるのだろう。
自分が殺された時や、自分にとって最愛の人が殺された時に、「責任能力がないから無罪でいいと思います」なんて本気で言えるのか?
私は絶対に言えない。
刑罰は罪に応じて与えるべきであって、責任能力など問うな!と思う。
殺人を犯した時に、精神的な障害を抱えていたのであれば、拘留中、判決確定後に治療を受けさせればいい。
彼は、“統合失調症”の兆候がみえる、とのカウンセラーだかの言葉があったが、子供を残虐に殺し、遺族に消えない傷を残したのは確かなんだ。
それこそ、「死んで詫びる」というところだろう。
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